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工藤英一です。
よろしくお願いいたします。

建物の振動予測技術の研究開発に携わっていたのですが、小さな会社を経営することになり、ついにはコンサルになってしまいました。その間ヘルニアにもなり、鞄をもって1日歩けるようになるのに2年かかりました。

コンサルになってあらためて思ったことは、「誰もが、野望ではなく希望を実現できるようにならなければいけない」ということです。これから経済が縮小していきます。しかし、お店や会社を興し希望を実現することは、難しいことではないと思っています。そんな人を応援するために、新たにはじめたのがこの会社です。

■ラジオでの会社と自己紹介です。
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大学から株式会社間組まで研究開発に携わってきました。このことが経営をどのようにとらえコンサルティングにどのような切り口で取り組んでいくのか、良くも悪くも大きなバックボーンになっています。

1.研究開発というバックボーン

①大学研究テーマ Pd(110)面へのNO分子の吸着構造の解明
論文はないので同様な研究事例を紹介させていただきます。研究事例はこちらです。わたしのテーマではパラジウムの表面にNO分子がどう吸着するのかを研究していましたが、こちらでは水素分子の吸着が研究されています。この研究は、自動車の排気ガスの触媒の開発につながる研究です。

②間組技術研究所研究開発テーマ 環境振動予測技術の開発NASAが開発した動的解析プログラムNASTRANを使い、人が歩いたり目の道を車がと売り過ぎた時に建物の床がどのようにどのくらい振動するのかを予測し、それを防止する設計を支援する技術の確立を目指していました。活用例としては、三洋電機の岐阜羽島の超LSI工場の振動対策設計、一般的な工場の防振設計、ホテル、テトラポットの搬送などに支援をおこなっていました。

③海洋関連の開発テーマ
この他に、海洋開発関連の研究もおこなってきました。特に人口海底山脈の開発での海底山脈の最適形状の研究には力を入れ、最適形状の特許も取得いたしました。また、海洋環境評価技術の開発というテーマを自分で立ち上げ、役員会で10人の役員を説得し予算を獲得できたのは忘れられない経験です。指導は水産大学の中村教授にお願いし、海洋産業研究所の海峡環境に関する委員会に参加しました。この時初めて執筆の仕事いただいたものです。

 

 

2.人生、山あり谷あり

生意気な株式会社間組時代(間組と言えば黒部ダムです)

今から考えると、かなり生意気だったように思います。反省しかりです。研究開発で一応の実績を上げることができたわたしは、もともと入りたかった海洋土木部への転勤をお願いしました。所長には後輩の育成を条件に了承していただき転部が実現したのです。しかし、それもつかの間、1年後には海洋土木部部長をはじめ10人の幹部が社長に退陣を迫り、それに敗れたことから海洋土木部は廃部となってしまいました。その結果、私は研究所へ出戻りとなってしまったのです。
そこで、いつかは自分で会社を興したいと思っていたこともあり、思い切って営業への転勤を願い出ました。すると、支店の土木の官庁営業にしていただけたのです。土木の官庁営業は社内で一番発言力の強い花形の職種です。談合屋の凄い世界でしたが、なんとか毎年10億円の売り上げを確保し支店長賞をいただけたのです。そんな時、父から「会社の経営を手伝ってくれないか」と声がかかってきました。さすがに悩みました。※営業部時代の部長は黒四ダムを実際に施工した方です。

 


1勝1敗の株式会社DIV時代

DIVには、一気に売上を伸ばしたいと意気込んで入って行きました。いきなり2代目として経営に参加し、社内の反対を押し切って自分で新製品を開発してしまいWEBで販売をはじめたのです。新商品は成功し、売上は2倍となりました。しかし、売れれば売れるほど修理や改造も多くなり、職人から嫌がられてしまったのです。そこで、古参の職人には独立してもらい、プラスチック加工のできる職人を新に雇いました。しかし、人を見る目がないのか、なかなか上手くいきません。そんな折の夜、職人を叱ったことから二人の職人に反抗され、怪我をせられそうになったのです。翌日、二人に解雇を言い渡しました。すると、いきなり店に労政事務所が入って来て未払い残業代200万円をよこせといってきたのです。営業妨害です。これを3カ月かかって90万円に減額させました。しかし、会社はガタガタになってしまったのです。責任をとってわたしも辞めました。そして、コンサルタントを目指したのです。



突然襲ってきた激痛

なんとか小さなコンサル会社に所属できたました。しかし、ある朝、早朝4時ぐらいに猛烈な腰の痛みに襲われたのです。椎間板ヘルニアでした。そして、手術をしなければいけないことになってしまったのです。手術は成功して1ヶ月で職場に復帰できました。しかし、また再発してしまい退職を余儀なくされてしまったのです。親戚から、事故でちぎれた自分の腕の神経を全部つなげて腕を元どうりにしてくれたという早稲田の名医を紹介していただきました。MRIなどの機器を使わず、腰を少し動かして診るだけなのです。そして、「もう一度手術をすると痺れなどの後遺症が必ず残るよ。どうせ暇なっだからじっくりなおしなよ」と忠告されたのです。そこで、時間をかけ自然治癒治療をおこなうことにしました。最初の3カ月間は寝たきりです。その後、鞄を持って1日歩けるようになるのに2年もかかりました。当然、もう働く場所などありません。




自信喪失の下積み時代

そこで、社会復帰と将来のお客様の開拓のために、商工会議所のお抱え生命保険会社にで営業をすることにしたのです。AXA生命市川支店へ入社しました。中小企業診断士とファイナンシャルプランナーの資格を持っていましたので、法人営業なら必ず上手くいくと侮っていました。しかし、10カ月間売れずじまいです。隣の席の商品のこともあまり知らないおばあさん営業マンの方が売るのですから、、、。経営もしたし国内のMBAはもっているし資格も十分持っているのになぜ売れないのか???、。そこで、ダイレクトマーケティングの方法を学び、実践をしてみたのです。何人かの社長は会ってはくれたものの、入ってはくれませんでした。そうこうしていると、クレーム対応から初めて売れたのです。造園会社の50歳ぐらいの社長さんでした。事務所には大きな白い犬がいて怖かったのを覚えています。次に売れたのは、不動産会社の若い社長さんでした。事務所で保険の説明をしていると、必ず背を向けた事務員のおばさんが仕事をしているのです。後から分かったのですが、この方は社長のお母様で、わたしの話を聴いて信用できるかどうかを社長にアドバイスしていたようなのです。この方に認められたからこそ、保険をつくりなおしてくれたのでしょう。この後、独立することに決めたのです。



苦いコンサルの思い出

そうこうしていると、大学院で教えていただいていたコンサルタントの横林先生(YBI)から、リフォーム会社の立て直しの話をいただいたのです。千葉県の中堅のリフォーム会社で資金がショートしてしまい社外役員である先生に助けを求めてきたそうです。この会社は、もともとは小さな塗装会社だったのですが、販促系コンサルタント会社が入りチラシと営業マンへの成功報酬で急速に売上を伸ばしてきたのです。そのため、会社自体の組織や制度が未熟で、資金管理ができていなかったのです。会社に入ってから、まず、資金の流れに問題がないかをチェックし、次に、経理部の支出と営業部の入金を連動させ毎日資金繰りが管理できるようにしました。その後、人事制度の改善、支店統合の合理化案の作成をおこなうとともに、最もお客様からアンケートを多く返答いただいた営業マンのコンピテンシー抽出をおこない経営の基盤を強化しました。その結果、なんとか会社は安定を取り戻しました。しかし、根本的な解決にはなっていません。営業マンのお客様に対する姿勢はぜんぜん変わっていません。

ではどうすればいいのか?

この質問に対する答えがわからないまま時間切れになりました。DIVの時と同じ、また、、、。
この答えをどうしても探し出したかったのです。

 

 


3.エクスペリエンスデザインへ

知識や経験を積んでも分からない

営業、企画(東京リーガルマインド企画部)、経営の経験を積んできました。また、経営に関する知識を充実させるために、最初にグロービスで学び(最初の授業がコマツとキャタピラーのケーススタディー)、次に、大学院で経営学(戦略と組織 前川製作所75年の変遷)を学び、さらに、経営品質賞審査員研修で経営品質という考え方を学びました。コンサルとしても、リフォーム会社のたて直しを皮切りに、株式会社ヒューマン・リスペクトで売上年間2000万円から200億円までの多種多様な会社の支援に携わらせて来ていただいています。しかし、DIVやリフォーム会社での「では、どうするのか?」の明確な答えは見つかりませんでした。一筋の光明としては、講演ならたった2時間、その短い間に、参加者の考え方を広げることができるのだということを体験したことでした。人について深く知らなければいけなかったのです。※写真の点ひとつひとつが稼働しているコマツの機械です。活況なところが一目で分かります。


心という迷宮への誘い

リフォーム会社に入ってきた金融系のコンサルタントは、あの、カリスママーケッターの神田さんの紹介で来たのでした。神田さんが資金を提供し、その見返りとして金融コンサルタントを入れ込んできたのです。この時、神田さん関連のコンサルタントが、みなNLPのプラクティショナーの資格を持っていることに気付き、このNLPとはなんぞや?と思ったものです。これがNLPとの最初の出会いでした。その後、NLPを学ぶことをきっかけに、人ととは?チームとは?の迷宮にはまり込んでいったのです。催眠、前世、PDS、ミルトンエリクソン、バージニアサティア、コアトランス、バンドラー、一歩間違えれば危ない世界です。※この動画はミルトン・エリクソンが普通に横で雑談しているだけで催眠に入れてしまう様子を撮ったものです。



心ではなく脳の働きの原理や理論を知りたい

NLPは最初、VOICEの鈴木先生に学びました。最初は驚きの連続です。へ~こんなことになるんだ。。。不思議~といったことの連続です。いろいろな脳の反応を体験していたのです。その後、クリスティーナ女史のトレーナーズトレーニングにいって、初めて、不思議なことがおこる原理がなんとなくみえてきました。要は、人の情報処理の仕組みだったのです。学問的に言えば、人の認知の仕組みです。また、人の接し方を、コーチングやソリューションフォーカスアプローチからも学んでみました。そして、ベイトソンにも興味を持ったのです。京都まで心理療法家の集まりにベイトソンを学びに行ったりしたものです。NLPでは原理や理論が分からず、自己流で脳のことを調べていったのですが、、、きちんと学ぶために認知科学を学ぶことしたのです。そこで、認知科学学会に入りました。システムズアプローチのレポートを見せると、認知科学会に正会員として入会を認めてもらえたのです。努力が認められたようで嬉しかったです。その後いろいろなことが分かってきました。NTTなどの昇格研修で人材アセスメントを500人程度おこない、戦略ロジック的なファシリテーションを富士通で1500人に対しておこなってきました。これらの知見を人材アセスメントやファシリテーションの研修で使ってみました。※写真の右側の方があの有名なクリスです。クリスは英語しか話せないので疲れました。

 


チームを良くするシステム的な手法を手に入れる

次に、注目したのが、家族療法でした。はじめて団士朗先生のワークショップで接し、その後、東豊先生などに習いました。家族療法のシステムズアプローチに興味を持ったのです。不登校の子供の治療に、家族全体の関係性を変えていくというのです。チームを良くすることに使えそうです。そこで、さらに学んでいくと、システムズアプローチにたどり着きます。人の関係を工学的に捉える方法です。非常に分かりやすく、改善方法が明確です。全体構造を把握して、繰り返されるパターンを見つけ出し、パターンの連鎖を効果的な場所で切るというやり方です。そうすれば、問題はおきなくなります。さらに、組織の構造を境界を守ったり、適切な境界をつくることで健全な形にします。すると、チーム全体の雰囲気が良くなっていくのです。これを実際に、小さな酒屋でやってみたのです。その報告書がこちらです。また、経営品質の審査員研修でも、チームでの会議でも、パターンが見られました。会議が始まって10分もするとシステムが出来上がり、発言の順番と傾向が繰り返されるようになります。そして、いくら話し合っても内容の質が上がらなくなってくるのです。そこで、これを意図的にこのパターンを壊していくことをしました。境界モデルでも認知科学会でも、非常に興味深い病院での改善実践例が報告されていました。しかし、認知科学会の方が、実用面では遅れているでは、、、残念。※図はあるチームのシステムなのですが、ある意味仲良し度みたいなものです。

 

「そんなこと当たり前でしょ!」

一方、小さなお店や会社がとる戦略とはどんなものなのか考えあぐねていました。研修では、経営品質賞を受賞している会社の社長をお招きして話していただき、ランチェスター戦略の実践方法を教えていただきました。また、ブルーオーシャン戦略を教える中で戦略マップを実際につくり現状をなんとか打開する方法を考え出すこともおこなっていたのです。支援で上手くいった時を思いだすと、単純な結論にいきつきました。”地域のお得意様を確保し、少しづつ増やしていけばいいだけ”なのです。地味ですが、これが最も売上に貢献するのです。また、ロイヤリティーの高いお客様で固めることで、不景気に強くなります。お得意様を十分満足出来ないうちは、チラシなどの宣伝はしない方が良いくらいなのです。このことを、母に話すと「そんなの当たり前でしょ!あなた大丈夫?」と言われてしまいました。母は長年レストランを経営してきていたのですが、お得意様でやってこれたのです。新メニューを出す時でも、お得意様の意見を聞きながら味をつくり込み、なにも言わなくてもお得意様が注文してくれる料理のみをメニューに残していったのです。結局当たり前のところに戻ってきてしまったのです。※実際、戦略マップを作成するのは大変な作業です。

 

やっとつながった。

 

では、どうやったらお得意様を最高に満足させることができるのか? 「良い商品や良いサービスを提供すること」、、、当たらずとも遠からずです。お得意様の体験を良いものに変えることが必要なのです。ここでいう”良い”とは、そのお得意様の尺度からみて”良い”ということです。尺度は一人一人違ったものを持っています。似ているものもあれば、まったく異なっているものもあります。わたしたちは、そのお得意様がどのような経験しており、どのような体験をすると非常に嬉しがるのかということを見つけ、その体験が積めるように商品やサービスを変えていかなければならないのです。お得意様の体験と経験をデザインしていくわけです。また、従業員が同じ価値観を持ち満足していることも必要です。自分で考え行動していくチームでなければ臨機応変に対応できません。

やっと、認知科学やシステムズアプローチに出番がまわってきました。

 


メッセージ

これは、Microsoftの将来の製品イメージの動画です。この素晴らしいシステムの概念と設計はPranav Mistryという方のSixthSense technologyからきています。見ていただきたいのは、テクノロジーではなく、誰が、どんなシーンで、どのように商品を使っているのかという具体的なイメージを作り上げているところです。アップルの十八番を奪ってしまったような感じです。

わたしたちも、”わたしたちのお得意様が、わたしたちのお店や商品でどのような経験をするのかを”イメージしてみませんか

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